ヴィーガン(精進料理)・初詣2019/02/08 22:14

ヴィーガンと言うのは動物性の食材を食べない生活をすることですが、日本には古くから精進料理と言うものがあります。

ヴィーガンになる方には、大きく分けて二つの理由があるようです。
 ひとつは『動物愛護の精神』から畜産動物(家畜)への虐待に心を痛めた方。
 ひとつは『健康の維持』の観点から肉食はご自分の身体への悪影響を危惧された方。
でしょうか。

ヴィーガンと言うと生理的に受け付けない方も多くいるようですが、精進料理と言うと食べてみたいと感じる方が増えるのではないでしょうか。

でもこれどちらも動物性食材(肉)を使わないで植物性食材だけで料理を作るという行為は全く同じです。

さてそこで、
この感じ方の違いがどこから来るのかを考察してみると、その入口が異なるようです。

【ヴィーガン料理=物的な理由】【精進料理=霊的な理由】に辿り着きましたが、どうでしょうかね?

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今年も既に2月中旬ですが、年末年始には大勢の人々が初詣にいかれておりましたが、その目的・理由は何でしょうか。

家内安全・無病息災・交通祈願・商売繁盛・事業繁盛・心願成就・出産安産・五穀豊穣・一年の幸福と平穏無事・厄除け・ ...

これらを全部まとめた言葉が『御利益信仰』です。

で、実際に何をするかと言うと、
【お寺や神社に参拝する】【「お守り」や「破魔矢」や「おみくじ」などを購入する】【「お祓い」などを受ける】

つまり、神様の代理人に御代を払って『御利益』を購入させて頂くわけです。


それから、境内の屋台で唐揚げ・串焼き・モツ煮・フランクフルト・焼きそば・たこ焼き・お好み焼き・じゃがバター・ポテト・とうもろこし・おでん・バナナチョコ・玉こんにゃく・あま酒 ...を食べる。

屋台で精進料理を...見たことも聞いたことも御座いませんが、これは無理があるかなー。

しかし、なんだろうな~、スポーツ観戦やイベントに行くのとほぼ同じ行動に思えます。

本来は『物的』なものではなく、『霊的』なもののはずだがな~。

初詣に出かける本来の動機は霊的なはずですが、これどこかですり替えがおこなわれている為にこのような状況になっていると考えるのが正解でしょうね。

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そうそう、元日産社長のカルロス・ゴーン氏の話題が新聞などでにぎわっておりますが、三大霊訓のひとつの中に次のような文章が記されています。

『人間はとかく金持ちの贅沢を羨ましがりますが、その人たちの多くを待ち受けている運命をご存じありません。財産を自分のことだけに使う人は利己主義者であり、そういう人の将来には恐ろしい逆境が待ち受けております。羨ましがらずに哀れんであげるべきです。』

ゴーン氏はこの「その人たち」にピッタリはまります。

おそらく人間の法律は巧くすり抜けるでしょうが、神様が作られた摂理は完璧ですから、人ごとながら身の毛がよだつのは、私だけでしょうか。

『摂理は完璧であり、自動的に働きます。誰一人として逃れられる者はいません。自由意志そのものすら摂理の一つであり、その働き具合は、洞察力を具えた進化の階梯にある者には明瞭に見て取ることができます。』


とは言え私も本能的な欲望(物欲・金銭欲・性欲・自己顕示欲・名誉欲)などなどから抜け出ておりませんので、他人を批判できるような境涯にはないです。

が、しかし少なくとも強欲ではないですからね。

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【【【 私はテレビを見なくなってから何十年も経ちますが、このゴーン氏についてはテレビを全く見ないにも関わらず、メディアで作られた情報だけが気づかないうちにインプットされていたようです。

「...将来には恐ろしい逆境が待ち受けている」と言う羨ましい方は誰なのでしょうかね? 】】】


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